「人材と競争政策に関する検討会」報告書に対する意見
私たちは、2018年3月16日本日、下記のとおり、公正取引委員会(www.jftc.go.jp/cprc/conference/jinzaiiken.html)に対して、「人材と競争政策に関する検討会」報告書に対する意見を提出いたしました。PDFはこちらとなります→http://era-japan.org/wp-content/uploads/2018/03/「人材と競争政策に関する検討会」報告書に対する意見(日本エンターテイナーライツ協会).pdf
「人材と競争政策に関する検討会」報告書に対する意見
2018年(平成30年)3月16日
芸能人の権利を守る
「日本エンターテイナーライツ協会」
東京都文京区音羽2-2-2
アベニュー音羽ビル2階(レイ法律事務所内)
TEL 03-6304-1980
FAX 03-6304-1981
共同代表理事 弁護士 望月 宣武
共同代表理事 弁護士 向原栄大朗
共同代表理事 弁護士 安井 飛鳥
共同代表理事 弁護士 河西 邦剛
共同代表理事 弁護士 佐藤 大和
第1 当協会の紹介
1 日本エンターテイナーライツ協会(ERA)の基本目標
当協会は、芸能人の権利を守るために、芸能人の案件に関わっている弁護士らが中心となり、平成29年5月12日に設立した団体であり、設立段階の基本目標として、「芸能人らの権利を守ること」「芸能人らの地位を向上させること」「芸能人らのセカンドキャリア形成を支援すること」を掲げている。
現在の日本の芸能界において、芸能人が活躍するためには芸能事務所との協調が不可欠である。当協会では、芸能人にとっても、芸能事務所にとっても、そして芸能に関わる人たちにとっても、より良い芸能界にするために、芸能事務所とは「対立」ではなく「協働関係」を目指している。なお、国語辞典によると「協働」とは、「同じ目的のために、対等の立場で協力して共に働くこと」とされており、当協会では、各芸能事務所等と協力をして、一緒により良い芸能界にしたいと考えている。
2 芸能人の権利を向上させるための取り組みについて
当協会では、現在まで芸能人の権利を守るために、各芸能人から聴き取りしたり、各メディアからの取材を受けたり、芸能人に対するセミナーを開催したり、芸能人に関する報道に対して多くの声明文を発表したりしてきた。
また、当協会では、昨年8月10日には、芸能人当事者を対象とした勉強会を開催し、昨年12月13日には公開シンポジウムを実施した。シンポジウムは「ERA設立記念シンポジウム 〜芸能界に交錯する光と闇〜」と題して、芸能関係者向けの第一部と一般向け第二部の二部構成で開催し、100名以上が来場した。当該シンポジウムにおいては、タレント側の事情だけはなく、芸能事務所側の事情についても取り上げて、移籍制限条項の問題等について公平公正な観点で問題点を整理して、パネルディスカッションを行った。
第2 芸能界の課題
当協会の共同代表理事である当職らが弁護士としての業務を通じて、芸能人から受ける相談を大きく分類すると4つあると考えている。1つ目は芸能事務所に入る段階での問題、2つ目は芸能事務所に所属している状態での問題、3つ目は芸能事務所の退所及び移籍に伴う問題、4つ目に芸能界を引退する際の問題である。
1 芸能事務所に入る段階での主な相談
(1)実情
ユーチューバーやフリーの役者等芸能プロダクションに所属せずに芸能活動できる態様も近年のインターネット技術の向上に伴い増加した。しかし、それでもなお現状においては芸能活動を志す人の大半は芸能プロダクションに所属することが芸能活動の第一歩となっているのが実情である。よって、日本において芸能活動を志す大半の者が芸能事務所に所属し、芸能事務所と専属マネジメント契約を締結しているのが実情である。
芸能事務所と芸能人との間の契約は「専属マネジメント契約」「専属実演家契約」「統一芸術家契約」等名称は様々であるが、どのような契約書にも共通するのが、専属性である。専属性とは「当該芸能プロダクションを通じて以外は一切芸能活動をしてはならない」とういう趣旨のものであり、およそ9割5分以上の契約書には専属性の規定が明記さている。
また、ほぼ全ての契約書には契約期間が規定さてれおり、契約期間が1~3年のものが全体の9割である。そのうち3年のものが7割程度で1~2年のものが3割程度である。芸能プロダクションからタレントに対する芸能活動の対価の支払いについては、固定給として支給されるもの、タレントから生じる売上についての歩合給で計算される形態がある。いわゆる大物タレントになると固定給の割合も増えるが、地下アイドル等の新人タレントの多くは歩合給になっている。通常の雇用契約と異なり、契約期間が長いことによる芸能事務所への負担はないことから、芸能事務所としては契約期間を長くする傾向にある。なお、全体の1割程度は3年を越えて5~10年程度の契約期間を定めるものがあるが、当職らにおいて10年を超える契約期間の定めのあるものは見たことがない。
以上のように、専属性と契約期間により芸能事務所はタレントを実質的に拘束するのであり、芸能人としては契約書を通じて契約後数年間は所属芸能事務所に拘束を受けることになる。
なお、契約終了後の活動禁止や移籍制限を定める競業避止義務条項を定めている契約書は全体の半分弱である。実際、競合避止義務規定の有効性を争った訴訟として株式会社デートピアを被告とし元所属アイドルら4名が訴訟提起した事案も存在する(東京地方裁判所 平成29年(ワ)第38487号)。
(2)相談の実例
この段階での多くの相談は、当職らが受ける相談のうち1~2割程度である。未成年(小学生~高校生位)の芸能人を目指す者と親権者が弁護士に相談に訪れるケースが多い。
2 芸能事務所に所属している状態での相談
(1)実情
芸能事務所に所属している段階の問題には、レッスン料タレント負担の問題、各ハラスメントの問題、未払い等報酬の問題、メンタルヘルス等がある。
(2)相談の実例
そのなかでも弁護士が相談を受ける累計として多いものがレッスン料の問題である。芸能事務所の中には契約段階で、年間30~60万円程度のレッスン料及び登録料を徴収する芸能事務所も存在する。これらの事務所の中には実際にレッスンを提供する事務所もあれば、登録料として徴収した後にマネジメント業務を提供しない、半ば詐欺まがいの事務所も存在する。なお、登録料・レッスン料については「特定商取引に関する法律」の定める業務提供誘引販売取引に該当しクーリングオフの対象になる。
また、各ハラスメント問題も多く存在している。特に中小の芸能事務所では、芸能事務所の社長やマネージャーが芸能人に対して、不必要に怒鳴ったり殴ったりするケースもあり、なかには自分が経営している他の会社にて賃金を支払わらずに働かせるケースもある。実質的に社長1人で経営しているような芸能事務所程、ハラスメントの問題が生じる傾向にある。
その他にも、報酬の不透明さの問題は、大きな芸能事務所を含めて多くの芸能事務所で存在している。多くの芸能事務所では、芸能人に対して、報酬が歩合制であるにもかかわらず、メディア出演などの報酬の中身を公開しておらず、透明性を担保する仕組みができていない。実際、10代半ばから20代半ばの新人タレントが芸能事務所から支給される報酬は数千円から多くとも月20万程度である。平均すると5~10万弱程度である。
生活や健康に関わる問題もあげられる。特に若年齢のタレントについては、昨今仕事内容がより過酷化しており年齢に不釣り合いな過密内容の仕事により心身と健康のバランスを崩しがちである。芸能事務所によっては産業医と提携した健康管理体制を備えている事務所もあるが、すべての芸能事務所で十分に徹底されているとは言い難い状況にある。それどころか、上記のハラスメントの問題等も手伝いメンタルヘルス上の不調を悪化させやすい。芸能人のメンタルヘルスの問題は違法薬物問題にもつながりうる問題であり看過することはできず関連芸能事務所における健康管理の仕組みについてもよりルール化していく必要がある。
3 芸能事務所を退所・移籍する際の問題
(1)実情
芸能事務所との移籍の多くの場合、芸能人らは、移籍予定先の芸能事務所から「今いる事務所との契約関係が解決できたらウチにきてください」と返答される。これは、移籍先芸能事務所の規模によらずほとんどのケースでこのような返答を受けている。
そして、芸能人が現在所属している芸能事務所に対して契約解除を求めると、現在所属している芸能事務所からは「契約書」を根拠に契約解除を認めないという返答を受けるのがほとんどである。
このようなケースの場合、芸能人側としては、交渉、仮処分、訴訟を通じて契約解除を求めることができるが、仮処分では3~6ヵ月、訴訟では第1審でも1年前後の時間を費やし、現実的に芸能人側にとって大きな負担となっている。なお、芸能人側が芸能事務所に対して仮処分、訴訟という手段をとる場合にはインターネット上からの肖像等の削除についても求める。
(2)相談の実例
現在、当職らが受けている相談の大半(半数以上)が本項(芸能事務所を退所・移籍する際の問題)に関する相談である。なお、芸能契約の解除、競業避止義務条項の有効性については、多くの裁判例において芸能人側の主張が認められ、契約解除及び競業避止義務条項の無効が認定されている。
(3)その他の問題
仮に交渉や裁判等で移籍や独立等が成立した場合でも、芸能人側としては、出演妨害を受けるケースもある。もっとも、そういった場合に、各メディアによる「忖度」(国語辞典によると「他人の心をおしはかること」とされている。)の場合がほとんどであり、伝聞証拠が中心であり、証拠を掴めないのがほとんである。
4 芸能界を引退する際の問題
そして、芸能界を引退する際の問題として、前記移籍・独立する際と同様の問題のほか、セカンドキャリアの問題がある。
(1)総論(セカンドキャリア対策の必要性)
芸能活動による収入だけで生計を立ててゆける人の割合はそれほど高くないと思われ、現実問題として、芸能界を(セミ)リタイアする人が一定数存在することが避けられない。つまり、芸能界を目指した多くの人が、芸能界をやめて(リタイア)、あるいは芸能界とは別に(セミリタイア)生計を立てるための別の仕事に就くケースがあることは想像に難くないところであろう。
しかしながら、芸能界で花開かなかったとしても、その後に続くセカンドキャリアで輝く人生を送るチャンスを用意しておくほうが、(セミ)リタイアする芸能人の人生にとってもプラスであり、他方で兼業による多様な働き方を確保することで芸能界という難易度の高い世界の間口を広げることにもつながり、これが芸能界における人材獲得の容易さひいては芸能界の発展にもつながりうると考え、セカンドキャリア対策を当協会の施策の柱の一つと位置付けている。
そこで、本項では、芸能界を(セミ)リタイアしたあとの実情(後記(2))、セカンドキャリア対策を取る上での課題(後記(3))、さらに、これから取りうる対策(後記(4))に分けて、以下詳述する。
(2)芸能界を(セミ)リタイアしたあとの実情
たとえば、大学に進学する・就職する・芸能界で得たスキルを生かしてダンス教室やボイス、ヨガなどの講師を務めるといったケースが散見されるところであるものの、その実情については、きまった統計やデータが存在しない。そもそも、いかなる段階をもって芸能界を(セミ)リタイアしたと捉えるか一義的に判断できるものではない。例えば、芸能人によっては兼業しているのが常態である業種も少なくないため、こうした業種がたんに芸能以外の分野での仕事の比重を増やしたとしてもそれだけで(セミ)リタイアと捉えるべきかは意見の分かれるところであろう。そのため、現状において(セミ)リタイア後の実情について統計的に把握することは困難であり、このことが、芸能界の(セミ)リタイア後の問題が表立って議論されにくい要因ともなっている。
(3)セカンドキャリア対策を考える上での問題点
ア 総論
芸能界からのセカンドキャリア対策を考える前提として、以下の2つの問題点が見逃せないように思われる。
①芸能界を経験することで、芸能と無関係の仕事に転身しづらいという問題
②芸能界において培ってきた能力の特殊性とばらつき
イ ①について
芸能界を(セミ)リタイアした人は、芸能活動のみで生計を立てることは困難であるものの、芸能に関係する仕事には魅力や未練を感じていることが少なくないため、たとえば、(セミ)リタイア後の芸能活動の場もしくはその能力を生かせる場を提供するとの名目で、劣悪な条件での契約を結ばされる・芸能活動の契約を結ぶも出演料を支払わないなどといった問題も起きやすい。これは(セミ)リタイア前の芸能人においても典型的に起きる問題ではあるが、(セミ)リタイア後は、より生活の基盤や地位の不安定さゆえに、芸能活動もしくはその能力を生かせる場の提供という魅力に翻弄される危険は高いことから、このような問題が起きうることには注意しなければならない。
ウ ②について
他方で、セカンドキャリアを考える上では、芸能界で培ってきた能力が、一般社会における要求とどのようにマッチングさせていくかという課題があるように思われる。端的に言えば、培ってきた能力をセカンドキャリアにおいてどのように生かしてゆくか、という問題でもある。また、各人の持つ能力は、芸能人時代のポジションによって千差万別であるため、これを、人材需要者との間でどのようにマッチングするかが問題となる。
エ 小括
これら①②の問題を解決するために、セカンドキャリア対策として、次項で述べるような取り組みが必要である。
(4)セカンドキャリア対策に関する具体的な取り組み
前述のように、芸能界を(セミ)リタイアした人には、芸能界で培った特殊な能力がある。たとえば、人前においてスピーチなどの実演をする能力には長けているであろう。また、有力グループに所属していれば、それ自体が顧客誘引力・宣伝効果を有する「ブランド」となるため、元芸能人を雇用することで、雇用した会社にとっての顧客誘引力・宣伝効果が見込まれる。
そうした特殊な能力を、人材需要者側とマッチングさせるための支援が必須であると考える。完全に芸能界を引退してからのマッチングとなるとより地位も不安定になりリスクも高くなるため、芸能界に在籍している段階から兼業として段階的に他の職業を経験していくような仕組みづくりが必要であり、それに対応した形での芸能事務所側の理解や参画企業の協力が必要となろう。
他方で、芸能界という特殊な世界から一般的な企業等の仕事に就くとなるとなれば、一般社会人としてのマナーやスキルを身につけていく必要がある。そこで、そうした教育支援を、併せて行っていくことが重要であると考える。
5 その他の問題
前述した4分類の問題の他にも芸能界特有の状況が生み出しているような問題として、「悪徳事務所」「枕営業」「出演強要」「プライバシー」等の問題があげられる。いずれも芸能界における実態の不明確さ曖昧な慣習、芸能人と芸能事務所の情報の非対称性等が問題の背景にあると考える。
(1)地下アイドル・地下芸能界の問題
当協会や各法律事務所に対する相談の多くは、有名な芸能事務所ではなく、無名の芸能事務所であり、特にいわゆる「地下アイドル」と呼ばれる芸能人らからの相談である。この地下アイドル等であるが、当協会では、三階層になっていると考え、それぞれを「地下一階」はメディアにも出演している有名な地下アイドル、「地下二階」は芸能部門を作ったばかりの事務所、そして「地下三階」が詐欺的な芸能事務所としている。「アイドルになれるよ」と言いながら、スカウト詐欺をしたり、居酒屋で働かせて事務所側が不当に儲けたり、本人を脅迫し、本人が望まない形でのAV(アダルトビデオ)等の出演を強要したりというような悪徳事務所がこの地下三階に該当する。
ア 地下一階の相談
前記の地下一階の相談は、有名な芸能事務所に対する相談と変わりなく、契約書の問題、各ハラスメントの問題、移籍の問題、報酬の未払いの問題、芸名の問題等がある。
イ 地下二階の相談
地下二階の相談は、まだ芸能事務所を立ち上げたばかりか、ある程度の会社のなかで芸能部門を作ったばかりの芸能事務所で多い相談である。芸能事務所側にも詐欺的意図はないが、芸能に関するノウハウが不十分ゆえに、例えばマネージャーの育成やタレントの育成、仕事の不足などの問題が生じている。
ウ 地下三階の相談
これは芸能事務所の名前を騙った悪徳芸能事務所であり、原宿や渋谷を中心に、芸能事務所を騙った事務所が、歩いている人たちに声をかけ、写真を撮影するだけで十数万円を請求したり、芸能人の名前を出したり芸能人になれる可能性を示唆したりして高価なエステに加入させたり、高価な美顔器を購入させたりする被害が多数発生している。なかには、無料を騙りながらも、高額なお金を騙しとる仕組みを組織的に行っている団体も存在し、多くの被害を生じさせている。地下三階においては詐欺行為が行われているといっても過言ではない。
(2)枕営業、出演強要の問題
デビューしたての芸能人が仕事を振ってもらうために制作関係者との間で性的関係を持ってしまうといういわゆる「枕営業」や昨今話題となったAV(アダルトビデオ)等の出演強要被害に関する相談もあげられる。上述した地下三階の悪徳芸能事務所により行われる違法な詐欺被害的なものもあれば、それ以外の芸能事務所側の関与を疑わせる相談もある。
(3)プライバシーの問題
芸能人のプライバシーに関して公人としての立場と個人としての立場から問題となる。芸能人は特にスキャンダル報道の場面において過剰に私生活を晒された形での報道をされることがある。報道や週刊誌の記事の中には、名誉毀損やプライバシー侵害になりうる違法なものや、リベンジポルノに加担する非常に悪質な週刊誌もある。
(4)未成年の芸能人への配慮の問題
未成年者の芸能人には労働基準法や児童福祉法上の規制の他、未成年者ゆえの特別な配慮が必要であると考える。まだ成長発達過程にある未成年者の芸能人は心身のバランスを崩しやすい一方で、一度バランスが崩れ問題が生じた場合にその後の人生に悪影響を及ぼす危険は成人以上に大きい。また未成年者は年齢ゆえの判断の甘さから安易に芸能活動を優先してしまい学業を疎かにして後のセカンドキャリアを狭める危険もある。未成年者本人の意思を尊重しつつも健全な成長発達や教育の機会が確保されるように特に配慮した仕組みづくりが必要である。
第3 今般募集している意見について
1 「人材と競争政策に関する検討会」報告書の内容について
(1)総論
「人材と競争政策に関する検討会」報告書(以下「本件報告書」という。)は、「人材の獲得をめぐる競争」に主眼を置きながら、自由競争のみならず、能率競争と優越的地位の濫用に踏み込んだ点は評価に値する。
(2)自由競争
その上で、通常の商品供給市場とは異なり、人材獲得競争は、その競争の対象となる「財」が生身の人間であることに留意を要する。さらに、その「財」たる人材には、憲法上の権利(職業選択の自由)が保障されているのであり、「財」たる人材の流動化を阻害する(競争を制限する、あるいは競争を抑制する)行為(移籍制限等)は、「財」たる人材の憲法上の権利(職業選択の自由)を侵害している可能性があることに留意しなければならない。したがって、人材獲得競争を阻害する行為につき、それに対する正当化事由の主張は、その合理性を厳格に判断すべきである。下記で詳述するとおり、人材育成投資費用の回収を目的とした移籍制限は、移籍金制度という他の代替手段が採りうるのであり、その合理性を見出すことは困難である。
(3)能率競争
本件報告書では、発注者が役務提供者に対して実際と異なる条件を提示したり、又は役務提供に係る条件を十分に明らかにせずに取引することが競争手段の不公正さの観点から問題であるとしながら、一般指定8項の適用については明言を避けた。発注者と役務提供者との間には、雇用契約や請負契約等の双務有償契約が存在するのであり、「何らの商品又は役務を供給していない」との批判はあたらない。さらに、上記のとおり、役務提供者たる人材には、憲法上の権利(職業選択の自由)が保障されているところ、役務提供者の保護の観点からも広く一般指定8項を適用すべきであり、謙抑的である必要性はないと考える。発注者と役務提供者との間の非対称性に鑑みたとき、「役務提供に係る条件を十分に明らかにせずに取引すること」は常に発注者側に有利に働いており、その欺瞞性は明らかである。
また、特に芸能界においては、芸能事務所がテレビ番組や映画等の制作者に芸能人を供給するにあたり、制作者が望んだ芸能人に合わせて、制作者が望んでもいない他の芸能人をセットにして供給する、いわゆる「バーター」の慣行が広くみられる。このような供給行為が一般指定10項に該当する可能性がある。
(4)優越的地位の濫用
公正取引委員会は、優越的地位の濫用の適用にあたり、「行為の広がり」を要件とすべきではない。摘発事例の選別にあたり「行為の広がり」を考慮することは許されるが、これを要件とすると、「悪質性が高いが被害者が少ない」事例に対して適用することが不可能になる。この点に係る優越的地位の濫用ガイドラインは改正すべきである。
また、今後、人材獲得競争における優越的地位の濫用の適用について、どのような公正競争阻害性があるのか、議論を精緻化する必要がある。
特に、人材獲得競争においては、報酬支払遅延、契約不締結、条件不明示などの行為を類型化して、特別立法や特殊指定によって定めるなり、優越的地位の濫用ガイドラインを改定するなりしなければ、有効な規制として働かず、ひいては人材獲得競争市場の健全化は望めない。
2 本件報告書の検討対象における取引実態又は取引慣行について
(1)発注者(使用者)の競争環境について
芸能事務所の数や芸能人の数に関する統計データは不見当である。一般社団法人日本音楽事業者協会(以下「音事協」という)の加盟社数は約110であり、独占禁止法第2条第2項にいう「事業者団体」である。
芸能界における集中度(HHI等)は不明だが、芸能事務所トップ100に、音事協の加盟社が3割ある。また、上位30社のうち約半数が音事協の加盟社である。
※芸能事務所トップ100:http://geinoupro.com/top100.html
(2)発注者(使用者)間の人材獲得競争の実態について
芸能界における人材獲得競争の特殊性として、以下のものを挙げることができる。
第一に、芸能事務所が人材を獲得するルートはほとんど、無名の新人を発掘してくることであり(人材が認知される前の獲得)、有名になってからの移籍はほとんど起きない。すなわち、芸能事務所と芸能人の間の関係は固定化されており、流動化は著しく低い。
第二に、芸能人が芸能事務所を辞めるにあたっては、他の芸能事務所に移籍することよりも、独立して自ら(または親族等が経営する芸能事務所を新規設立して)マネジメントする場合が多い。これも、芸能事務所を辞めた者を、他の芸能事務所が採用しない(受け入れない)という業界慣行が背景にある。
(3)取引実態・取引慣行について
上記第2(芸能界の課題)で述べたとおりである。
特筆すべきは、音事協が長年にわたり、「統一契約書」を提供し、芸能界における標準的な専属マネジメント契約書を提供してきた点である。音事協は、統一契約書(芸能事務所による更新権が認められている)を加盟社に提供することにより、加盟社に所属する芸能人が芸能事務所を辞めにくいという実態がある。また、音事協の加盟社を辞めた芸能人については、他の加盟社は雇わないという暗黙のルールが存する可能性もある(この点については詳細な調査が必要である)。統一契約書の果たしている役割や、上記の暗黙のルールが存するならば、独占禁止法第8条第1項第1号に違反している可能性が生じるのである。
また、有力な芸能事務所を退職した芸能人が、退職後にテレビ等のメディアの出演から遠ざかる「干される」という問題がある。「干される」ことが、メディア側の「忖度」によるものなのか、芸能事務所からの圧力によるものなのか、その実態は必ずしも明らかでないところ、仮に圧力による場合には、単独の間接ボイコット(一般指定2項後段)に該当するものである。この「干される」問題については、近年、有名芸能人が有力芸能事務所を独立したことによって実際に生じており、様々な雑誌等でも憶測報道がなされるに至っており、公正取引委員会による積極的な事実解明が世論から強く期待されているものである。
第4 新しいビジネスモデル及び芸能事務所登録等の創設
1 移籍金モデルの構築
本件報告書記載のとおり、一般的に、芸能事務所が一人の芸能人を育てるためには多額の費用が発生している。この点は芸能に関係する裁判例でも指摘されている。現在の芸能事務所は、その投下資本を回収するために契約書において移籍制限を設けたり、1年もしくは数年間の競業避止義務を設けていたり、芸能人に対して多額の違約金・損害賠償を請求したりしている。しかし、これは本件報告書記載のとおり、独占禁止法に違反する可能性があり、また移籍後の不当な圧力及び忖度が生まれ、健全な芸能界になることを阻害している大きな要因になっている。さらに、当協会では、このような芸能人に対する圧力等が原因で、素晴らしい才能を有している芸能人らが活躍する場も奪われており、日本の芸能界の競争力は確実に弱くなっており、海外で戦えない大きな要因になっていると考えている。このままでは、日本の芸能界は衰退していく可能性が高い。
そのため、当協会では、芸能事務所の投下資本を回収し、競争力を高め、海外の芸能事務所に負けない仕組みを作るために、スポーツ等で採用されている移籍金制度やフリーエージェント制度、補償制度を芸能界に合わせた形で作り、導入すべきだと考えている。
また、移籍ではなく独立する場合には、移籍元事務所と独立した事務所間にて、数年間の肖像や著作権などの各権利に対するライセンス契約等を締結し、一定の売り上げを移籍元事務所に対して支払う形で、移籍元と「対立」ではなく「協働」する形を作り出していくべきである。
2 芸能事務所登録制度の構築
前述のとおり、当協会及び各法律事務所に対する相談の多くは、有名芸能事務所ではなく、無名の芸能事務所であり、地下二階、三階に存在している芸能事務所を騙る悪徳芸能事務所による被害の相談が多く、芸能界に憧れや興味をもつ青少年たちの被害の相談が止まない。そのため、当協会では、各関係機関で連携し、芸能事務所の登録もしくは認定制度を構築すべきだと考えている。
3 関係機関の協議団体の創設
「芸能界」と言っても実態としてはアイドル、俳優、音楽家、ダンサー、声優等と様々な分野が併存しており、また分野毎に芸能人、芸能事務所、制作会社等多くの関係者により成り立っている。各業界間で類似した課題もあれば業界特有の課題も見受けられる。「芸能界」の問題を考えるにあたっては、こうした関係する各分野、機関ごとの文化、課題、ニーズの違いについて尊重、配慮していく必要がある。
より良い「芸能界」のルールメイキングと健全化のためには、分野毎に業界団体を設立したうえで、業界団体相互間での協議会の創設が必要であり、そうした協議会を運営していくための仕組み作りをしていく必要がある。
現在のいわゆる「芸能界」は、境界線が曖昧であり、前述のとおり、長年積み重なった多くの問題が存在し、またブラックボックスになっているところも多くある。もっとも、このままでは日本の芸能界は確実に衰退し、日本の芸能界の海外における競争力や地位はますます低下し、同時に日本の利益も失われていくことになる。
そして、当協会では、日本の芸能界の海外における競争力を強化するためには、今こそ、芸能界に関係する関係各機関及び行政が協力し、芸能界に存在している問題を解決し、海外に負けない芸能界を作るための協議団体等の創設が不可欠であると考えている。これは各団体に資することである。また、同時に日本の芸能人らを海外に輩出するための機関の創設をクールジャパン政策の重要な課題として取り組むべきだと考えている。
4 立法に向けて
当協会では、フリーランス、特に芸能人に関わる法律を作るべきだと考えている。現在の法規制の枠組みでは、問題になっている芸能人が労働者なのか個人事業主かは、契約内容や具体的な事実関係を把握しなければ判断をすることができず、適用する法律が一義的に確定しない場合がほとんどである。
そのため、例えば、児童の芸能人の場合には、芸能活動の時間について、労働法を適用すべきか不明確な場合があり、テレビ局等が自主規制をしている場合があり、好ましくない状況が生み出されている。また、移籍問題の際の出演妨害についても「忖度」の場合であれば、独占禁止法の適用が難しい。その他にも、一部の芸能事務所では、契約書が存在しない場合があったり、芸能人にとって不利な契約も多く、報酬の透明性も確保されていない。このような各問題に対して、前記の移籍金制度等も含めて、芸能事務所に配慮しながら、芸能人の権利を守るためには立法的な解決が不可欠であると考えている。
仮に立法が難しい場合であっても、不公正な取引方法特殊指定、新ガイドラインの制定、優越的地位の濫用ガイドラインの改正などをすべきである。
第5 今後について
1 公正取引委員会に対する期待
当協会では、今後、公正取引委員会には、関係機関と協力しながら、継続して踏み込んだ実態調査をしつつ、芸能事務所が独占禁止法違反(優越的地位の濫用など)に該当する場合には、芸能事務所に対する注意、警告、法的措置、芸能事務所名の公表等の適切な措置を講じることを強く要請する。
2 今後の協力要請
当協会及び各理事の法律事務所には、多くの芸能人に関する相談が寄せられており、その数と規模は全国有数であると自負している。そのため、公正取引委員会には、実態調査のために、当協会及び各理事の法律事務所に対する実態調査のための聴き取りを強く希望する。当協会では、公正取引委員会に対する協力を惜しまない。
第6 結び
今回、公正取引委員会の「人材と競争政策に関する検討会」に関する一連の報道を受けて、ようやく行政も芸能界の問題等に対して動き出したと考えている。私たちは、前記のような解決すべき問題もあるため、今後も継続して、各団体と「対立」ではなく「協働関係」を作り、芸能人の権利を守り、地位を向上させるための活動を通し、日本の芸能界全体の発展に貢献し、海外の芸能・エンターテインメントに負けない世界に誇れる芸能界を作るために活動を行っていく方針である。
以上