【お知らせ】弁護団から「萌景さんが全日制高校への進学を辞退するに行った経緯について」


2018年10月15日

弁護団からのお知らせ

記者会見以降、愛媛ご当地アイドル自殺訴訟に関して様々なメディアで取り上げられ地下アイドルをめぐるパワハラや労働環境のあり方等について議論が行われています。そのなかで、萌景さんがなぜ事務所から学費等を借りるようになったのか、なぜ家族が萌景さんに学費を出さなかったのか、なぜ全日制高校を辞退するに至ったのかについて、経緯が複雑かつ長期にわたるためメディアでも十分な説明ができず、一部誤解を招いてしまっている部分がある様にみられました。そこで弁護団としてはご遺族とも協議のうえ、萌景さんが全日制高校への進学を辞退するに至った経緯について説明するために以下の手記を公開することにしました。

なお、本手記の内容は既に裁判所に提出した訴状や証拠にも記載されている内容であり記者会見の中でも説明させて頂いています。引き続き本件裁判に関してご理解、ご支援のほどよろしくお願いいたします。

皆さまへ

「事務所から学費を借りられなかったなら、なぜ親が用意しなかったのか」ということについて、きちんと経緯をご説明させてください。

萌景は平成29年4月から、松山東高校の通信制に通い始めました。しかし、仕事との両立が難しく、むしろ事務所からは仕事を優先するようなスケジュールを組まれていたため、前期の登校日には8日中4日間しか行けず、4教科の単位を落としてしまいました。後期に至っては1回も登校しませんでした。このように、萌景は、通信制の高校でさえ、仕事の影響で単位を取れず、平成29年12月に退学してしまいました。

平成29年6月中旬、萌景は、仕事と学校の両立に悩み、佐々木社長に「このまま愛の葉にいたら通信も卒業できなくなるから愛の葉を辞めたい。」と言いに行きました。しかし、帰って来た萌景は、「来年、今の高校を辞めて全日の高校を受験するけん!いい?」と言ってきました。私は、驚きながら「辞める話はどうなったん?」と聞くと、萌景は「社長に丸め込まれた。(社長から)高校のお金は心配せんでえぇ。全日の高校に行った方が日曜日もイベント出られるから、萌景が日曜日にイベントを休まれるのは困る。」と言われたと言っていました。

私も主人も、当初から全日制の高校進学は反対でした。通信制の半期に8日しかない登校日ですら通えないのに、週5日登校する全日制なんて、到底無理だと思ったのです。佐々木社長からお金を借りるのも、事務所に縛られる口実になることを心配しました。しかし萌景は、「ママには迷惑をかけないから。」と言って、佐々木社長と話を進めてしまいました。この頃の萌景は、全日制高校の夢を見させてくれた佐々木社長のことを信頼していたのだと思います。

しかし、萌景は、佐々木社長に2回、裏切られたことになります。1回目は、お金を借りるに際して、私が保証人になるように求められた時です。萌景は、親には迷惑をかけずに全日制高校に進学できると夢見ていたのに、結局、保証人という形で親を巻き込むことになってしまい、話が違うと思ったようです。社長からは、「未成年にお金を貸すことなんかあり得ない。」と言われたようです。

2回目は、今年3月20日(亡くなる前日)の貸付の撤回です。私は、3月20日に先だって、事務所のスタッフであるTさんに、平成31年8月31日の契約満了をもって更新せず、愛の葉を卒業することを伝えました。先だって伝えておいたのは、お金を借りた後に言うよりも、「お金で縛られない」という意思を先に伝えておいたほうが良いと思ったからです。結果として、そのことで、貸付は撤回されることになりました。

佐々木社長は、貸付の撤回時にTさんが「もう一度しっかり考えてから私に自分で連絡してください。」と言ったと主張していますが、それは違います。Tさんは、「次の(事務所との)契約を更新しないってお母さんから聞いたけど、お金を借りている『愛の葉』を辞めるって、なぜ今そんないらんことを考えるの?そんないらんこと、今考えるべきこと?そんな軽い考えなら辞めてしまえ!」と震えながら言ったのです。「今回はお金をお貸しする事はできません!」とも、語気を強く言いました。萌景はTさんに「契約終了までは頑張ります。そして後は働いてお金を返します。」と必死に伝えましたが、Tさんは「今回はお金をお貸しする事はできません!」と突き放すように言いました。「貸さない」ときっぱりと結論を伝えた感じであって、「もう一度考えて」なんていう話し方ではなかったのです。だからこそ、萌景は、帰りの車の中で「おっきいな刃物がとんできた。」と壮絶な言葉を発し、また、「簡単に死ぬ方法」をスマートフォンで検索したのだと思います。萌景は、このとき、すでに死ぬことを考え始めていたのだと思います。

その夜20時頃、私と萌景は今後のことを話しました(遊びに来ていた萌景の友達もいました)。そして、話し合った結果、城南高校に行くことを辞退することにしました。なぜなら、愛の葉の活動を続けながら全日制高校に行くことは、やはり無理だという話になったのです。これまでも学業よりも仕事を優先するように強いられて来ましたし、城南高校に合格後、萌景が佐々木社長から「週1回くらい学校休んでも大丈夫やから、テレビのレギュラー番組を持て。」と言われたことを聞いていたので、結局、佐々木社長は、萌景が全日制高校に行ったとしても、仕事を優先させるつもりだろうと思っていました。せっかく全日制の高校に行っても、また事務所の都合で学校を休まされて、高校を中途退学するような挫折感を、萌景に再び持たせたくなかったのです。萌景も、仕事しながら全日制高校に通うことは難しいと納得したように思います。契約満了の平成31年8月31日なのか、もっと早く辞められるのかは分かりませんでしたが、愛の葉の活動を卒業したら、松山東高校の通信制に入り直そうという話になりました。つまり、通信制でさえ仕事との両立に失敗したのですから、愛の葉を卒業するまでは仕事一本にして、高校への再入学は卒業後にしようという話だったのです。

このような話の結果のことですので、佐々木社長(Tさん)から貸付を撤回されたことに対し、私と主人が代わりにお金を用意すればいい、というような単純な問題ではなかったのです。本当に萌景が城南高校に行きたいとこだわったら、私と主人は、きっと費用を用意したと思います。私は、奨学金のことを調べたりもしていました。でも、萌景は、佐々木社長に裏切られたことで目が覚めて、愛の葉の活動を続けながら城南高校に通うことは無理だと悟ったのです。

そのあと、23時頃に、萌景と佐々木社長との電話の中で、萌景は高校に行きたいがために、愛の葉を辞めたいと言ったのではないかと思います。それが、佐々木社長の「愛の葉を辞めるなら1億円払え。」の発言に繋がるのだと思います。

平成30年10月15日
大本幸栄